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子供の頃ティレルが言えずタイレルと言ってた?

お疲れさまです文教堂ファンです。今回は、デアゴスティーニ隔週刊f1コレクション第10号tyrrellティレルp34ジョディ・シェクター1976の紹介です。この青いボディと6輪を覚えている方多いはずです。今考えるとピットイン時のタイヤ交換でかなりロスが・・・。当時このメカズムをモノにしていたら今のf1は6輪が常識だった?

今でも、ネットでタミヤのラジコンやプラモデルが購入できます。私が小学校低学年のころ駅のロータリーでやってたお兄さんがいたのでみんなで観てました。当時はキット、プロポ、バッテリー、充電器と揃えたらかなり3万4万はしたので高価ものだと思います。

よく兄さんたちは、100キロ出んだ100キロ!と言って私たちは、おおー!すげーと言ってた記憶があります。実際は、マブチ540モーターでどれぐらいスピード出るのかな?当時は、まだバッテリーは7.2Vは無かったので6Vのなので、知恵袋とかで50キロ前後と回答があります。電動ラジコンで100キロは当時ハッタリだったことが今わかります。


私も、中学1年の頃やってました。京商プラズマというレーシングカーでレースにも出てました。しかし部活が忙しくなったのであっさりやめましたが、ラジコンをいじくりまわすのが、ご飯も食べず、睡眠もせず夢中になってた事を思い出します。今考えると、親もよく注意しなかったなと思います。それだけ勉強してれば高校・大学も楽勝だったのにと思います。


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まとめ

当時この6輪は衝撃でした。懐かしいですね。

最後まで閲覧ありがとうございます。